鳥巣水子さんが受け継いだもの...、残したもの...
鳥巣水子さんと言う染織家がかつて居られました(2004年に鬼籍に入られました)。
鳥巣さんは、草木染め紬織の制作において、染織家志村ふくみ氏に師事され、九州を拠点に作品制作のみならず、後進の指導にも尽力を尽くされていました。
現在、伝統工芸会の正会員や理事に席をおいて居られる染織家の方の中にも鳥巣さんに師事された方も居られます。
また、後年、羅織にて人間国宝となった西陣織染織家北村武資氏が主宰された研究会にも参加され薄機(usuhata)をも学ばれました。
私は鳥巣水子さんの作品を残念ながら扱う機会を得ることが出来ませんでした。
すぐ目の前を通り過ぎて行ったことはあるのですが、「取り扱う」と言う"運"が私に与えられなかった様です。
鳥巣水子さんの染織作品は、とりあえず"美しい"に尽きるのです。
そして、どこの誰でもない創造性と独創性に満ちています。
染織作品、または美術工芸品であっても..、その作品のどこかには、何かの..、先人の影響が残されていることがあります。
もちろん、それは作者の初期作品にみられる傾向かも知れません。作品の完成度が高まるにつれて、過去からの影響は薄れて行くもののようです。
鳥巣水子さんの作品を眼にした時、その作品が一体何であるかを直ちに理解することが出来ませんでした。
まるで「ものを感じる感情」がその作品に吸い込まれてしまったような感覚だけが残された...、そんな感じだったのです。
それほど、感情に響く美しさを保ち、完成された美しさに満ちていたのです。
鳥巣水子さんの作品の殆どは、帯地かタペストリーです。
しかし、その染織作品には、志村ふくみ氏や北村武資氏の影響を垣間見ることはありません。
草木染めによる糸染めと花織/花絽織を駆使して作品を制作されて居られました。
どこを、どの様にみても..、作品は、余すところなく"鳥巣水子"の美意識が漲っているのです。
志村ふくみ氏は草木染め手織紬と言う分野にて大きな功績を残しています。北村武資氏は羅織と経錦の二つの分野で人間国宝に認定されています。その両氏に師事を受けた鳥巣水子氏は、間違いなく"伝統"を正確に学び、正確に伝統を継承していた筈です。
鳥巣水子さんの作品は、敢えて言えば、沖縄の花織に近いかもしれません。
しかし、近いと感じるのは、染織技法が琉球染織に倣っているかの様に止まるだけで...、作品そのものの表現手法は、やはり、どこの誰にも似ていない、鳥巣水子さん自身の表現手法のような気がするのです。
現在、鳥巣水子さんの作品は博物館/美術館の所蔵品の中で観ることしか出来ませんが、過去に求龍堂から出版された「私の花織・花絽織」には、制作された数多くの作品が精巧な撮影によって掲載されています。
この「私の花織・花絽織」を観ていても、鳥巣水子さんの染織作品を通じての美意識の高さと伝統に根ざした染織技術の高さを伺い知ることが出来ます。
鳥巣水子さんに師事された染織家の方々ですが、先にお話をさせて頂いた様に、現在では既に、その染織家の方々の中には、後進の指導をされる立場の方も居られます。
その方が誰であるかと言うお話はさておき...、鳥巣水子さんに師事され、かつ、作品性を継承しつつ、作品制作を続けて織られる染織家の方も居られるのです。
伝統工芸展にて作品を出品されている染織家の方では...、恐らく、鳥巣水子さんの作品をご覧になって、惹かれた経験のある方は、こうした方々の作品を眼にされると直感的に重なってしまうかもしれませんが...、堀直子さんの作品が、制作手法、印象、表現性の点において近いのではないかと思います。
堀直子さんの藍木綿花織帯は「第55回 日本伝統工芸展」で日本工芸会会長賞を受賞されました。
この時の伝統工芸展の会場で、私はある染織家の方に「鳥巣さんの後継には堀さんが居られるじゃないですか...」と言われて、いろいろとお話をされた中で、確か..、"堀さんは、鳥巣さんの作品を実によく理解されて、またご本人の作品として表現されている"と言うようなお話をして下さった...、と記憶しています。
ただ、この堀直子さんは、寡作の染織家なのです。
とりあえず..、過去に、鳥巣水子さんの染織作品を眼の前で見過ごしてしまった経緯があるので..、どうしても心惹かれた作品をひとつだけ手元に留める"運"に恵まれました。
雪の精(yuki-no-sei)/藍木綿花織帯
「この雪の結晶の美しさは、この花織の意匠の美しさ、完成度に止まらず、藍の奥行きまでをも際立たせている...、何一つ、無駄な装飾を見出すことは出来ない」
鳥巣さんは、草木染め紬織の制作において、染織家志村ふくみ氏に師事され、九州を拠点に作品制作のみならず、後進の指導にも尽力を尽くされていました。
現在、伝統工芸会の正会員や理事に席をおいて居られる染織家の方の中にも鳥巣さんに師事された方も居られます。
また、後年、羅織にて人間国宝となった西陣織染織家北村武資氏が主宰された研究会にも参加され薄機(usuhata)をも学ばれました。
私は鳥巣水子さんの作品を残念ながら扱う機会を得ることが出来ませんでした。
すぐ目の前を通り過ぎて行ったことはあるのですが、「取り扱う」と言う"運"が私に与えられなかった様です。
鳥巣水子さんの染織作品は、とりあえず"美しい"に尽きるのです。
そして、どこの誰でもない創造性と独創性に満ちています。
染織作品、または美術工芸品であっても..、その作品のどこかには、何かの..、先人の影響が残されていることがあります。
もちろん、それは作者の初期作品にみられる傾向かも知れません。作品の完成度が高まるにつれて、過去からの影響は薄れて行くもののようです。
鳥巣水子さんの作品を眼にした時、その作品が一体何であるかを直ちに理解することが出来ませんでした。
まるで「ものを感じる感情」がその作品に吸い込まれてしまったような感覚だけが残された...、そんな感じだったのです。
それほど、感情に響く美しさを保ち、完成された美しさに満ちていたのです。
鳥巣水子さんの作品の殆どは、帯地かタペストリーです。
しかし、その染織作品には、志村ふくみ氏や北村武資氏の影響を垣間見ることはありません。
草木染めによる糸染めと花織/花絽織を駆使して作品を制作されて居られました。
どこを、どの様にみても..、作品は、余すところなく"鳥巣水子"の美意識が漲っているのです。
志村ふくみ氏は草木染め手織紬と言う分野にて大きな功績を残しています。北村武資氏は羅織と経錦の二つの分野で人間国宝に認定されています。その両氏に師事を受けた鳥巣水子氏は、間違いなく"伝統"を正確に学び、正確に伝統を継承していた筈です。
鳥巣水子さんの作品は、敢えて言えば、沖縄の花織に近いかもしれません。
しかし、近いと感じるのは、染織技法が琉球染織に倣っているかの様に止まるだけで...、作品そのものの表現手法は、やはり、どこの誰にも似ていない、鳥巣水子さん自身の表現手法のような気がするのです。
現在、鳥巣水子さんの作品は博物館/美術館の所蔵品の中で観ることしか出来ませんが、過去に求龍堂から出版された「私の花織・花絽織」には、制作された数多くの作品が精巧な撮影によって掲載されています。
この「私の花織・花絽織」を観ていても、鳥巣水子さんの染織作品を通じての美意識の高さと伝統に根ざした染織技術の高さを伺い知ることが出来ます。
鳥巣水子さんに師事された染織家の方々ですが、先にお話をさせて頂いた様に、現在では既に、その染織家の方々の中には、後進の指導をされる立場の方も居られます。
その方が誰であるかと言うお話はさておき...、鳥巣水子さんに師事され、かつ、作品性を継承しつつ、作品制作を続けて織られる染織家の方も居られるのです。
伝統工芸展にて作品を出品されている染織家の方では...、恐らく、鳥巣水子さんの作品をご覧になって、惹かれた経験のある方は、こうした方々の作品を眼にされると直感的に重なってしまうかもしれませんが...、堀直子さんの作品が、制作手法、印象、表現性の点において近いのではないかと思います。
堀直子さんの藍木綿花織帯は「第55回 日本伝統工芸展」で日本工芸会会長賞を受賞されました。
この時の伝統工芸展の会場で、私はある染織家の方に「鳥巣さんの後継には堀さんが居られるじゃないですか...」と言われて、いろいろとお話をされた中で、確か..、"堀さんは、鳥巣さんの作品を実によく理解されて、またご本人の作品として表現されている"と言うようなお話をして下さった...、と記憶しています。
ただ、この堀直子さんは、寡作の染織家なのです。
とりあえず..、過去に、鳥巣水子さんの染織作品を眼の前で見過ごしてしまった経緯があるので..、どうしても心惹かれた作品をひとつだけ手元に留める"運"に恵まれました。
雪の精(yuki-no-sei)/藍木綿花織帯
「この雪の結晶の美しさは、この花織の意匠の美しさ、完成度に止まらず、藍の奥行きまでをも際立たせている...、何一つ、無駄な装飾を見出すことは出来ない」