真綿紬と型絵染め || 士乎路紬と柚木沙弥郎..、"着物と帯のあわせ"のCocept
9月も下旬となりました。
暦では、秋である筈なんですが、名古屋は残暑厳しい日が続がついています。
天気予報を見る限りでは、秋らしい日が訪れている街は、どうやら全国的にも、まだまだ少ないようですね。
ただ、暑い/寒いに関わらず、着物には季節や時季に応じた装いのStlyeみたいな「お約束的」なものがあるようです。
「お約束的」なものとは別に、着物もFashionのひとつとして捉えれば、季節感の先取り..、実際の季節よりも一歩先の装いを心掛けると言う気持ちは、着物を楽しむ上で、大切な姿勢だと思います。
お着物の季節感とは違うのですが..、目紛るしく移り変わる洋服のHi-Fashionにおいての「季節/Season」に対する感覚を想ってみると...、確かにFashionはSeasonをいち早く先取りして行くものとされているですが...、これは寒さ/暑さと言う体感的な視点と言うよりも、次のSeasonには、どんなColorが来るのか? どんなStlyeが来るか? などのFashionの傾向を掴むニュアンスが圧倒的に強いようです。
要するに、Hi-Fashionにおける季節感とは、Seasonの傾向を敏感に感じて、装いに取り込む感性のようなのです。
さて、"着物と帯のあわせ"についてのお話です。
秋の単衣"着物"から袷"着物"に移り変わるこの時季です。
着物や帯がもたらす"季節感"についての"お約束的"なお話も良いかも知れませんが...、ここでは"着物と帯のあわせ"の視点、Conceptについてお話をしてみたいと思います。
着物には、洋服のFashionのようなめまぐるしい移り変わりはないかもしれません...、でも、季節に対する着物や帯の素材や柄模様などの配慮はもちろんのこと...、どこに何を着て行くかと言う姿勢は、着物を楽しむためには、とても大切なことなのです。
それは"着物と帯のあわせ"の基本姿勢のようなものです。
Hi-FashionがSeasonの傾向を感じ取ることで、そのSeasonのConceptをつくり込んで行くに対して、着物は、着物を着るその人の美意識がConceptとなるべきなのです。
秋になれば...、いち早く何となく秋と想わせる着物/帯を使うと言うのも美意識のひとつです。
また、着物や帯の素材やその存在感...、素材感とか存在感、空気感と言う曖昧かも知れませんが、着物と帯を"あわせ"ことで漂う空気感/雰囲気をひとつのConceptとする装いの意識もあるべきかと思うのです。
こちらに掲載をさせて頂いた着物...、真綿紬は士乎路紬。泥染めされた真綿糸を織糸として織られた手織紬。
帯地は、染色家.柚木沙弥郎氏の型絵染め帯。
Conceptは、民芸的な装いを意識した"着物と帯のあわせ"です。
色印象は、これからの季節を意識した落ち着いた色を基調としていますが、天然染料を使うことで、単純に"落ち着いている"と言うだけではなくて、眼に映る以上の"色印象"を感じさせています。
手織紬の織り込まれた格子は、定規で引いたかの様な線と線の交わりでなく、どこか曖昧な感じ...、手織真綿の質感がこうした"味のある"表情をつくっているのです。
帯に染め描かれた型絵は、まるで陶器の絵付け、または前衛的なテキスタイルデザインを想わせます。
(*ちなみに、柚木沙弥郎氏は女子美術大学の学長を務めた程の染色家なんです)
こうした手織紬/着物も帯地は、単なる製品として"つくられた"ものと言う感じはありません。
手掛けた織人や染色家が、ちょったした美意識..、使うため(実用)+αをこめて手掛けたと言う感じが残っているのです。
単なる"紬"とか"帯"なる製品ではなくて、制作者の意識が感じられる着物と帯...、ちょっと目の利くひとが、眼にすると「何か」を感じる着物と帯なのです。
"民芸"と言うConceptの"着物と帯のあわせ"は、日常の街着ではありません...、なぜかそれ以上の雰囲気があるのです。
かと言って、"はなやかな席"での"あわせ"でもない。
"余所行き"にはと言っても...、少しだけ落ち過ぎている。
"特別な日常"と言う表現が許されるならば、それに近いかも知れません。
"芸術の秋"とされる季節...、街の中には創造的な時間を楽しむ空間が多くなる季節です。
気候的な"秋"だけではなくて、"秋"と言うSeasonがつくる街の空気を掴んで、Fashion/装いで表現する。
民芸的Conceptの"着物と帯のあわせ"は、こうした季節/Seasonに似合う"あわせ"ではないでしょうか。
暦では、秋である筈なんですが、名古屋は残暑厳しい日が続がついています。
天気予報を見る限りでは、秋らしい日が訪れている街は、どうやら全国的にも、まだまだ少ないようですね。
ただ、暑い/寒いに関わらず、着物には季節や時季に応じた装いのStlyeみたいな「お約束的」なものがあるようです。
「お約束的」なものとは別に、着物もFashionのひとつとして捉えれば、季節感の先取り..、実際の季節よりも一歩先の装いを心掛けると言う気持ちは、着物を楽しむ上で、大切な姿勢だと思います。
お着物の季節感とは違うのですが..、目紛るしく移り変わる洋服のHi-Fashionにおいての「季節/Season」に対する感覚を想ってみると...、確かにFashionはSeasonをいち早く先取りして行くものとされているですが...、これは寒さ/暑さと言う体感的な視点と言うよりも、次のSeasonには、どんなColorが来るのか? どんなStlyeが来るか? などのFashionの傾向を掴むニュアンスが圧倒的に強いようです。
要するに、Hi-Fashionにおける季節感とは、Seasonの傾向を敏感に感じて、装いに取り込む感性のようなのです。
さて、"着物と帯のあわせ"についてのお話です。
秋の単衣"着物"から袷"着物"に移り変わるこの時季です。
着物や帯がもたらす"季節感"についての"お約束的"なお話も良いかも知れませんが...、ここでは"着物と帯のあわせ"の視点、Conceptについてお話をしてみたいと思います。
着物には、洋服のFashionのようなめまぐるしい移り変わりはないかもしれません...、でも、季節に対する着物や帯の素材や柄模様などの配慮はもちろんのこと...、どこに何を着て行くかと言う姿勢は、着物を楽しむためには、とても大切なことなのです。
それは"着物と帯のあわせ"の基本姿勢のようなものです。
Hi-FashionがSeasonの傾向を感じ取ることで、そのSeasonのConceptをつくり込んで行くに対して、着物は、着物を着るその人の美意識がConceptとなるべきなのです。
秋になれば...、いち早く何となく秋と想わせる着物/帯を使うと言うのも美意識のひとつです。
また、着物や帯の素材やその存在感...、素材感とか存在感、空気感と言う曖昧かも知れませんが、着物と帯を"あわせ"ことで漂う空気感/雰囲気をひとつのConceptとする装いの意識もあるべきかと思うのです。
こちらに掲載をさせて頂いた着物...、真綿紬は士乎路紬。泥染めされた真綿糸を織糸として織られた手織紬。
帯地は、染色家.柚木沙弥郎氏の型絵染め帯。
Conceptは、民芸的な装いを意識した"着物と帯のあわせ"です。
色印象は、これからの季節を意識した落ち着いた色を基調としていますが、天然染料を使うことで、単純に"落ち着いている"と言うだけではなくて、眼に映る以上の"色印象"を感じさせています。
手織紬の織り込まれた格子は、定規で引いたかの様な線と線の交わりでなく、どこか曖昧な感じ...、手織真綿の質感がこうした"味のある"表情をつくっているのです。
帯に染め描かれた型絵は、まるで陶器の絵付け、または前衛的なテキスタイルデザインを想わせます。
(*ちなみに、柚木沙弥郎氏は女子美術大学の学長を務めた程の染色家なんです)
こうした手織紬/着物も帯地は、単なる製品として"つくられた"ものと言う感じはありません。
手掛けた織人や染色家が、ちょったした美意識..、使うため(実用)+αをこめて手掛けたと言う感じが残っているのです。
単なる"紬"とか"帯"なる製品ではなくて、制作者の意識が感じられる着物と帯...、ちょっと目の利くひとが、眼にすると「何か」を感じる着物と帯なのです。
"民芸"と言うConceptの"着物と帯のあわせ"は、日常の街着ではありません...、なぜかそれ以上の雰囲気があるのです。
かと言って、"はなやかな席"での"あわせ"でもない。
"余所行き"にはと言っても...、少しだけ落ち過ぎている。
"特別な日常"と言う表現が許されるならば、それに近いかも知れません。
"芸術の秋"とされる季節...、街の中には創造的な時間を楽しむ空間が多くなる季節です。
気候的な"秋"だけではなくて、"秋"と言うSeasonがつくる街の空気を掴んで、Fashion/装いで表現する。
民芸的Conceptの"着物と帯のあわせ"は、こうした季節/Seasonに似合う"あわせ"ではないでしょうか。