志毛引き染めのお着物と有職文様の帯..、ひとつ上の余所行き感覚
"きもののあわせ"...、今回は"志毛引き染め"の着物と有職文様の名古屋帯との"あわせ"をご紹介致したいと思います。
"志毛引き染め"のお着物なんですが、これは着物のCategoryからすると"小紋"に該当します。
この"小紋"と言う名称について思うことがあるのですが...、何となく街着的な着物、日常着的な着物、お稽古着と言った、少々格下的な着物を連想させるような気がするんです。
江戸小紋...、なんて言うとちょっと"きりっ"した感じが伝わる。でも、"小紋"とだけ言うと見下されているような感じが残る...、礼装としての訪問着、付下、紋付きに対して、非礼装としての小紋と言う紋切り型の捉え方がどこかにあるのだと思います。
しかし、着物を楽しむ上で、礼装とか、街着とか、普段着と言った捉え方は面白くないのではないかと思います。
どこに出掛けるか..、どんな着物で、どんな帯で、そして、どんなコーディネイトを楽しむか、そんな捉え方をした方が着物を楽しめると思います。
こちらにご紹介をさせて頂いている"志毛引き染め"のお着物は、"小紋"となる訳ですが、帯あわせひとつで多様な印象を表現してくれます。
"志毛引き染め"の着物にあわせているのは、喜多川俵二作有職文様の名古屋帯。浮線丸文と称される文様で、公家の唐衣に使われる織物文様です。
要するに、最も格調高い文様なのです。
こちらで紹介をさせて頂いている浮線丸文は、名古屋帯として織られているため、お使いになられた際には、二重太鼓である袋帯に対して、ちょっと軽い感じとなります。
絢爛たる訪問着には、少々軽い...、どちらかと言うと、付下や紋付きにあわせるとちょうど良い質感なのです。
また、着物となる"志毛引き染め"ですが、こちらは"何気ない無地感覚"でもあるのですが、染めの加減が実に奥深いんです。無地染めの着物のような凛とした印象ではなく、どこか柔らかい...、そして、楚々とした感じがある。
まさに、着物でなくては伝わらない綺麗な柔らかさをもっているんです。
こうした着物と格調ある有職文様の帯とあわせると...、小紋にあわせているけれども、着物と帯の"あわせ"の上では小紋として映らない。一般に言われる"小紋"と言う着物の感じがまるで残らない。
余所行き感あるちょっと良い着物と言う雰囲気になるのです。
この時、有職文様である帯の格調は失せることはないけれども、"お堅い空気感"が抜けて柔らかくなります。
着物の雰囲気が帯の空気感を変えているのです。
もちろん、帯の格調が着物の印象を、ちょっと気を張った"余所行き"と言う感じに高めてもいるのです。
着物があって、帯がある...、帯があって、着物がある。
当たり前なんですが...、ついつい着物とか帯の"格"に振り回されてしまいがちになるのです。
さて、"志毛引き染め"の着物と喜多川俵二の浮線丸文/名古屋帯ですが、具体的にはどんな場所にお奨めかと言うと...、
もう既にお察しになっておられるかも知れませんが、帯の格式に象徴されるような礼装でもなく、また、"小紋"と言う名称に振り回されるような"街着"でもありません。
余所行き的な"あわせ"の中でも"ひとつ上のちょっと"華"のある場所"にお奨めかと思います。
"小紋"と言ってしまえば、それなりに捉えられてしまうかもしれませんが、着物と帯の"あわせ"を工夫することで"小紋"をそれ以上の品格の着物としてDerssUpを図ることも出来るんです。
"志毛引き染め"のお着物なんですが、これは着物のCategoryからすると"小紋"に該当します。
この"小紋"と言う名称について思うことがあるのですが...、何となく街着的な着物、日常着的な着物、お稽古着と言った、少々格下的な着物を連想させるような気がするんです。
江戸小紋...、なんて言うとちょっと"きりっ"した感じが伝わる。でも、"小紋"とだけ言うと見下されているような感じが残る...、礼装としての訪問着、付下、紋付きに対して、非礼装としての小紋と言う紋切り型の捉え方がどこかにあるのだと思います。
しかし、着物を楽しむ上で、礼装とか、街着とか、普段着と言った捉え方は面白くないのではないかと思います。
どこに出掛けるか..、どんな着物で、どんな帯で、そして、どんなコーディネイトを楽しむか、そんな捉え方をした方が着物を楽しめると思います。
こちらにご紹介をさせて頂いている"志毛引き染め"のお着物は、"小紋"となる訳ですが、帯あわせひとつで多様な印象を表現してくれます。
"志毛引き染め"の着物にあわせているのは、喜多川俵二作有職文様の名古屋帯。浮線丸文と称される文様で、公家の唐衣に使われる織物文様です。
要するに、最も格調高い文様なのです。
こちらで紹介をさせて頂いている浮線丸文は、名古屋帯として織られているため、お使いになられた際には、二重太鼓である袋帯に対して、ちょっと軽い感じとなります。
絢爛たる訪問着には、少々軽い...、どちらかと言うと、付下や紋付きにあわせるとちょうど良い質感なのです。
また、着物となる"志毛引き染め"ですが、こちらは"何気ない無地感覚"でもあるのですが、染めの加減が実に奥深いんです。無地染めの着物のような凛とした印象ではなく、どこか柔らかい...、そして、楚々とした感じがある。
まさに、着物でなくては伝わらない綺麗な柔らかさをもっているんです。
こうした着物と格調ある有職文様の帯とあわせると...、小紋にあわせているけれども、着物と帯の"あわせ"の上では小紋として映らない。一般に言われる"小紋"と言う着物の感じがまるで残らない。
余所行き感あるちょっと良い着物と言う雰囲気になるのです。
この時、有職文様である帯の格調は失せることはないけれども、"お堅い空気感"が抜けて柔らかくなります。
着物の雰囲気が帯の空気感を変えているのです。
もちろん、帯の格調が着物の印象を、ちょっと気を張った"余所行き"と言う感じに高めてもいるのです。
着物があって、帯がある...、帯があって、着物がある。
当たり前なんですが...、ついつい着物とか帯の"格"に振り回されてしまいがちになるのです。
さて、"志毛引き染め"の着物と喜多川俵二の浮線丸文/名古屋帯ですが、具体的にはどんな場所にお奨めかと言うと...、
もう既にお察しになっておられるかも知れませんが、帯の格式に象徴されるような礼装でもなく、また、"小紋"と言う名称に振り回されるような"街着"でもありません。
余所行き的な"あわせ"の中でも"ひとつ上のちょっと"華"のある場所"にお奨めかと思います。
"小紋"と言ってしまえば、それなりに捉えられてしまうかもしれませんが、着物と帯の"あわせ"を工夫することで"小紋"をそれ以上の品格の着物としてDerssUpを図ることも出来るんです。