お単衣の"着物と帯のあわせ"..、夏久米島ヤシラミ織+西陣織名古屋帯

夏久米島ヤシラミ織.車輪梅染めお盆のお休みが終わり、ほぼ1週間。
まだまだ、名古屋では連日暑さが続いています。

とは言え、二十四節季では、暑さが止む頃..、処暑(しょしょ)にあたる時季でもあります。

9月まで、あと1週間ほど..。
暑さを懐かしむ時季まで、あと僅かなのかもしれません。

そんな訳で..、"着物と帯のあわせ"として"秋口のお単衣"を取り上げてみたいと思います。

掲載をさせて頂いている着物は本場久米島紬の夏織。
以前、初夏のお単衣の"あわせ"にてオフホワイト系のものをご紹介させて頂きましたが、こちらは少々薄いブラウン掛かっています。
織もオフホワイト系のものは無地織であったのに対して、琉球織物で言う"ヤシラミ織"で織られています。

夏織/単衣を想定して織物であるのですが、秋を感じさせてくれる雰囲気をもっています。

オフホワイト系のもの程"強い余所行き感"がある訳ではありませんが...、色的にも、織の感じ的にも...、街着的な織物に止まるものではありません。
街着よりも、更にひとつ.ふたつ上の感覚のお着物となります。


帯は西陣織九寸名古屋帯。
地色は、真っ白ではなくて、ほんの僅かにアイボリーが感じられます。こうした色...、真っ白に対して「ほんの僅かに掛かっている色」は、着物に馴染みやすい色なんです。

いま、お単衣のお着物に対して意識的に"白っぽい色"の帯をあわせているのですが...、これはこれとして、単衣的な演出を謀っているのですが...、こうした「ほんの僅かに掛かっている色」は、特に季節を限定して使われる帯の色ではないのです。

使い方ひとつで...、もちろん、織り込まれている、または、染められている柄模様にもよるのですが...、様々な時季のお着物に馴染んでくれるのです。
真っ白に対して「ほんの僅かに掛かっている」だけで、時季を意識させない色となるのです。

この西陣織に織り込まれた文様は、異国的な更紗を想わせる文様...、この文様だけに眼を向けてみると、日本的な印象ではなくって、無国籍的な織物のように映るかと思います。
ちょっと"洒落てる"と言う感じが伝わってくるのですが、ただ、洒落ている、遊んでいるだけではない...、どこか品位みたいな空気をもっているのです。

こうした遊び心と品位のバランス感覚は、大人を意識した着物の愉しみでは大切な空気感なんです。
この西陣織はとても良く出来ていると思います。

西陣織九寸名古屋帯.洛風林さて、ヤシラミ織の本場久米島紬/夏織と西陣織の"あわせ"ですが..、秋口のお単衣としては暑苦しくもなく、また"夏もの"的と言った様相でもないかと思います。
そして、雰囲気としては、遊んでいると言う感じでもなくて、どこかちゃんとしている、砕け過ぎない...、と言う感覚が感じられのではないかと思います。

着物の季節感を想う時、着物や帯の柄模様や彩色で、季節を表現することがあるかと思います。
秋口の単衣ならば、秋を表現した柄模様の着物や帯を使うと言う訳です。

しかし、この度の"あわせ"では、単衣を意識した織物の素材感..、本場久米島紬の夏織と言う素材と色をテーマとして、"秋"をイメージをさせる趣向で臨んでみました。

遊び過ぎていない大人の趣味趣向の"着物と帯のあわせ"です。

夏季の装い...、藍がもたらす涼感 || 能登上布と藍絞りの名古屋帯.新道弘之

能登上布+新道弘之//藍絞り名古屋帯前回ご紹介を致しました麻織物/能登上布を使った"夏季の着物と帯のあわせ"をもう少し展開してみたいと思います。

前回、"上布には通常の麻織物にはない上質感がある"なんてお話を書かせて頂いたのですが、これは主観的な意見ではありますが、上布のみならず織物一般で言っても、丁寧な手織で織られた織物には、例え、素朴さや民芸的な雰囲気があったとしても、ちょっとした品位みたいなものが残るものです...。

上布..、麻織物に限って言えば、麻特有の「しわ」にも織物の品質の差で違いが出てきます。
その違いとは、平たく言えば、麻の品質が良ければ良いほど「くちゃくちゃ」にならない...。これは、品質の良い麻生地は、麻糸が細くて、柔らかい、そして、手織で織られているために生地がふんわりとしているために、"しわ"に強さが生まれないようなんです。

絣も同様で、機械織の絣にはどこか定規で引いたような「無感覚」的な絣となりますが、手織の絣は、どんなに正確に織っても、どこか曖昧さが感じられるんのです。
これは、織人が織って行く際に、絣をあわせてながら織りを進めることから生じるため、言うなれば、織人の感覚が、絣織に反映されていると言う訳なんです。


上布にちょっとした品位や上質感が感じられるのは、素材ひとつから吟味されて、丁寧につくられているからなんです。

器に置き換えてみると...、熟練陶工が手掛けた織部の器などは、その姿や形は、素朴なものかもしれませんが、やはり、特有の品位や質感がありますね。量産も織部とは、その用途は同じでも、何もかも違う筈です。


前置きが長くなりましたが...
要するに、手間が掛けられた上布/麻織物は、ちょっとした上質な存在感があると言うことです。ですから、帯との"あわせ"ひとつで、余所行き的なお着物のとしてお召し頂けるのです。

こちらに掲載をさせて頂いた帯は、正藍染めの染色作家.新道弘之氏が制作した藍染めの麻帯です。
比較的硬質な麻生地にしっかり正藍の絞り染めが施されています。この絞り染め"柳絞り"に似ているけれど、紐で絞り縛ることで生じる紐の痕がない...、そして、やたらに細かく絞られているのです。絞り職人の仕事とはちょっと違う空気感があります。

能登上布+新道弘之//藍絞り名古屋帯そして、藍染めなんですが...、藍染めを眼にしていると、何故か涼感みたいなものが感じられはしないでしょうか? 
色濃く染められた藍そのものは、寒色系ではありません。暖色とは言い難いけれども、少なくとも涼しげに感じる色ではないと思います。
ただ、生地..、特に、木綿や麻に染められ、少しだけ生地の"きなり"が残っているように染められた藍染めを眼にすると感じるのです...、色そのものではなくて、まわりの暑さに対する涼感みたいなものです。私は、きっと日本人の特有の涼感覚なんだと思っています。


ご紹介をさせて頂いた"あわせ"ですが...、絣織の能登上布と新道弘之さんの藍染めの麻帯。
"麻の着物が生み出す涼感"をテーマとした"あわせ"としてみました。

きなりの絣織がつくる麻織の質感と藍染め絞りと言う個性を組み合わせてみたのです。

"麻は普段着/街着""絞りは所詮趣向品"と言う揶揄されることがありますが、それは"もの"をネガティヴな視線で捉えているだけで、"もの"の良さを想像をもって楽しめないと思います。

上質な"街着"を趣向を凝らして藍染めの帯と"あわせ"ることで、趣味性豊かな"余所行きのあわせ"となるかと思います。もちろん、正藍が効いた..、涼しげで、そして、品位がある装いとなります。

真夏の街に咲いた黄色い花....

仏桑花とはハイビスカスのこと...梅雨が明けて、本格的な真夏となりました。

掲載をさせて頂いた花は、街角に植えられていたハイビスカスです。
名古屋の大通りには必ずと言っていいほど、街路樹や花が植えられています。

街の中は、不健全な程に自動車が排気ガスを出し、秩序なく立ち並ぶビル群からは殺伐とした空気を感じさせています。
都会ならばどこにでもある光景かも知れません。

そうした街の中で、あえて「色」を捜してみると...、ファーストフードとかGSなどの看板が目に付きます。あとはデパートのショウウインドウか街行く人の洋服やバックの色でしょうか?

そのどれも目を惹くことを意識した色であったり、デザインであったりしていて、色そのものには特徴がある訳でも、魅力がある訳ではありません。

街の中で「色」を捜してみると気を惹かれる様な色は少ないものです。

掲載をさせて頂いたハイビスカスですが、そんな街の中では際立った色で咲いていました。
あざやかな黄色で、とても綺麗な色をしていたので写真を撮ってみました。

このハイビスカスの色ですが、しばらく見ていても飽きません。ずっと眼にしていても綺麗と言う印象が失せることはないのです。自然が生み出す色の力と言うものを街の真ん中で思い知らされる想いがしました。

この色に惹かれて写真を撮っていて...、ちょっと「花」と言う意識や先入観を頭の中で"ずらして"みてみると...、"もの"の形として眼に映してみたのです。
すると、色だけではなくて、「形」をも美しいのです。

このハイビスカスですが、真っ正面からみると、まるで文様のような整った綺麗な形をしています。
咲いているハイビスカス、そのすべてが同じような形であって全く同じではない...、大きさや形がすべて違う。
自然がつくりだしたものである以上、全く同じものであることはありえない。
それでも、咲いているハイビスカスのどれも、整っていて、綺麗な形をしているのです。

こうした形を倣うことで、きっと家紋や西陣織の文様がデザインとして生み出されて来たのだと思います。
いやいや..、自然の美しさに対する強い憧れが文様を生み出したのかもしれません。

夏季の装い...、あえて盛夏を楽しむ || 能登上布と宮古上布

能登上布+新里玲子.宮古上布七月も半ばを迎え、京都では祇園祭のお囃子の音が響く季節となりました。暑さの具合も、数週間前とは違う...、日差しは強く、汗を誘うような湿度を伴った暑さが立ち込めています。

そろそろ..、麻のお着物の時季となって参りました。

"夏季の着物と帯のあわせ"として麻織の着物を取り上げてみたいと思います。

麻のお着物は、そもそも、盛夏を対象としたお着物として紹介されることが多いかと思います。
具体的には、七月と八月が麻のお着物の時季となるかと思います。

ただ、お着物に慣れ親しんで居られる方は、もう少し早い時季より、麻のお着物をお召しになっているようです(冠婚葬祭や茶会の様にドレスコードの概要が決められている場合は「ルール」とされるものに準じて下さい)。

麻のお着物が、盛夏に好まれる訳なんですが...、単純に、絹や綿と言った素材と比べて涼しいからです。
本当に涼しいかと言えば...、麻には空気から熱を奪う効果があるようで、麻の反物に触れると"ひんやり"とした質感が確かに伝わってきます。
ですから、着物だけではなく、長襦袢や肌着までも麻素材を求められる程です。


さて、こちらでご紹介をさせて頂いているお着物と帯は...、能登上布のお着物と宮古上布の九寸名古屋帯です。

能登上布は、機械紡績された麻糸を織糸として織られた織物で、機械織で織られた麻織物と比べて麻特有の"しわ"の加減も酷いものでなく、身体に馴染みやすいお着物となります。

こちらで掲載をさせて頂いている能登上布は、コントラストの低い縞の中に「十字絣」が斜めに織り込まれています。
通常、絣織物と聞くと、ちょっと民芸的な印象が強くなるのですが、この十字絣は、あくまでも縞織の中のアクセント程度に止められていて、民芸的な空気感と言うものは感じられません。

私的には...、こうした絣の感覚は、むしろ、縞織の織物を「粋(いき)」なものとせず、垢抜けした雰囲気が感じられるのです。

そして、帯地は宮古上布の染織家.新里玲子氏が製作した九寸名古屋帯です。
ブルー色//水色に見えるのは、糸染めされている染料に藍が使われているためです。
絣文様の雰囲気と彩色の綺麗さは、琉球織物を想わせながらも、染織家特有の作品製作の意識の様なものを感じさます。

要するに、琉球織物にはありそうで...、琉球織物にはないこの制作者特有の雰囲気があるのです。

さて、この着物と帯の"あわせ"のポイントなんですが...、まず、彩色のバランスを考えてみました。
着物と帯、どちらにも明るい彩色のものを選び、色的にも涼感と明るさを伝えるようにしてみました。

麻織のお着物の"あわせ"をご紹介する際に、着物を能登上布とすることは決めていましたが、帯をどうするか? どんな帯と"あわせ"るとどんな印象の装いとなるかを考えてみました。


この宮古上布なんですが...、能登上布と同じく、絣織でありながらちょっと垢抜けたところがあるのです。
南国の織物でありながらも、都会的な雰囲気があるのです。

そして、不思議なものです...、手織の織物には、手織の質感があって、麻には麻特有の涼感があるのです。
また、上布には、通常の麻織にはない上質感があるのです。

宮古上布.新里玲子.藍この能登上布と新里玲子氏が製作した宮古上布の"あわせ"は、明るさや涼感を意識しつつ、麻織物でありながらも特別な上質感が漂う装いを考えてみたものです。
そして、無地織や縞織に止めるのではなくて、絣織と絣織を"重ねる"と言った趣向を楽しんでみました。それも...、民芸的、普段着的な趣向でなくて、垢抜けした都会的な上質感を気取るような趣向です。

麻織物は、それが高価な上布であったとしても、所詮は"礼装"の装いとはなりません。ただ、着物と帯を"趣向"を明確にして"あわせ"ることで、ひとつもふたつも各上の余所行きの装いとなるのです。

これからまだまだ暑い日々が続きます。
温度、湿度は下がることはないと思います。
そんな時季にこそ楽しむ"着物"こそ...、こうした"あわせ"なのではないでしょうか?

Fashion face up

fashionまた、気の迷いと言うものでしょうか...、こんな本を買ってしまいました。

真夜中にネットサーフィンをしていると、ついつい関心あるサイトを何度もみてしまいます。

この本は、世界的に著名なFashion系の写真家の作品が納められた写真集です。

160ページにも及ぶ、大きな書籍で、掲載されている写真のどれも..、とても格好良くて、魅力的な写真ばかりです。

言うなれば、映画のワンシーンをカットしたような...、そんな印象の写真です。
ページを捲るだけでも、写真の魅力を感じることが出来るのですが、時間を掛けて眼にしていると、その写真から物語のようなイメージが感じられて来ます。

こうしたFashion Photographは、Fashionイメージ、ブランドイメージを創り上げるための写真ですから、こうした物語性はあってしるべきかもしれませんが...、

この類の写真は、写真家の能力だけではなくて、被写体となるモデルや美術撮影スタッフ、メイクやスタイリストと言った人たちの能力やセンスが、反映されいるのです。

最先端のFashionセンスと最高の才能が惜しみなく費やされている...、そんな感じです。



danceさて..、写真集の表紙だけではつまらないと思いますので、私的に感じた写真を一枚掲載します。


この写真集ですが、著名な写真家の単純なオムニバス作品集ではなくて、癌患者とその家族に対する寄付行為として出版されたものとのことです。

Soga shouhaku...、ちょっと普通じゃないかも

曾我蕭白先日、三重県立美術館にて開催をされていた曾我蕭白の展覧会に行って参りました。

曾我蕭白(Soga shouhaku)は江戸時代、京で活動をしていた絵師で、その氏素性.画歴については、おおよそのことまでは分かっていても、詳しい事は不明なことが多いようです。
ただ、蕭白の描く画の画風は、一度眼にすると誰もが、好むと好まざるとを問わず、その記憶に残すと思われる程、強烈な印象を放っています。

今回の展覧会のタイトルからもその印象の強烈さを推すことが出来るかと思います。

「蕭白ショック!! 曾我蕭白と京の画家たち」



タイトルは、"曾我蕭白と京の画家たち"とされたいたのですが、出品されていた作品の殆どは、曾我蕭白の作品が多く、また、その作品もちょくちょく書籍で見掛けるような代表作が多く展示されていました。
同時代に、同じ京で仕事をしていた円山応挙や池大雅などの作品も展示されていたのですが、(多少の入れ替えがあったかもしれませんが)私が出掛けた時には、僅かな展示しかありませんでした。

要するに、曾我蕭白と言う絵師を知るなら、かなり見応えある展覧会だったと思います。

ですから...、すべて観終わるまでに随分と時間を要してしまいました。
そして、残った感想としては....、ひと言で言えば、滅多に見られないくらいに「わかりやすい絵師」だと思うのです。

ひたすらに直感的...、独善性に満ちている。

曾我蕭白 ただ…、観ていると、第一印象とその後の印象に違いを感じる。

最初の印象…、ショッキングなまでの生々しい印象...、もしかしたら眼を背けたくなる時さえあるかもしれない狂気的な印象...、その狂気的な印象に耐えながら(?)も、観ていると、時間を追うごとに、妙に惹きつけるものを感じるのです。

惹きつけられて感じる印象は、何処か滑稽さ、人懐こさを伴った穏やかな印象なのです。

この展覧会で怪醜なる言葉を見掛けましたが、それは確かに間違いない表現のひとつかも知れません。

また、蕭白の絵を観ていて、狂気やグロテスクさを感じることがあるかもしれませんが、そもそも、描かれている画が伝えるテーマや物語そのものとその怪醜的印象は繋がっているのです(この繋がりこそが蕭白の超絶技巧的な画の巧さでもあるかと思います)。

でも、蕭白の画の楽しさは、描かれた怪醜の奥底から滲んでくる「蕭白の気配」なのです。

蕭白の画には、描かれた絵そのもののから伝わってくる印象とは別に、描かれたその時の蕭白自身の感情とか気分とかが潜んでいるように思うのです。

絵の中には、華やかに、綺麗に描かれるものとそうでないものがあれば、「そうでないもの」を蕭白は自身の感情とか気分で描き上げているようなのです。
そして、その感情や気分は、気難しいかったり、自虐的だったりするものではないようなのです。

蕭白の作品に描かれている「人」や「獣」たちを観ると、怒りに狂った様や激しい気性に満ちた様はなく、ちょっとした笑みやユーモラスさをみることが出来るのです。

画歴や氏素性よりも、画を観ていれば、伝わってくるものが感じられる。

蕭白自身...、大らかで、豊かさを感じさせる気配があったのかもしれませんね。


*最後に..、掲載画像は、今回の展覧会の図録と展示されていた画のポストカードです。
蕭白の怪醜に満ちた画は、お好みもあるかもしれないので控えました。ご興味ある方は捜してみて下さい。

夏季の装い....、絹織物×絹織物(着物はまだまだ絹織物)

下井紬夏織 夏久米島梅雨を迎え、台風が過ぎ去り...、そんな6月も、もう終わりに近付いて参りました。
もちろん、夏季のお着物を楽しむ季節...。

夏季の着物と帯のあわせ...、まだまだ絹織物です。

掲載をさせて頂いているお着物は、"お単衣の着物と帯のあわせ"でもご紹介した久米島紬に単衣/夏織(夏久米島)です。

他の夏久米島をもご用意しようかな?とかとも思いましたが、着物一枚にてどれだけお単衣と夏季を楽しめるか..、と言うお話にも繋がりそうなので、もう少し引っ張ってみたいと思います。

ただですね..、この6月後半から7月に掛けての時季に、単衣/夏織の絹織物は如何なものか? と言う問い掛けもあるかとあるかと思います。
単純に"着物と帯のあわせ"だけではなくて、"暑さ対策"に対する"commment"も多少は必要かと思います。

まずはこの夏久米島ですが、この時季に相応しい着物となるかどうかですが...。

この季節、その土地によって気候や温度に多少差違はあるかと思いますが、室内では、そろそろエアコンのドライ設定かちょっと高めの冷房温度設定をされると思います。
また、街の中では、歩いていると汗ばんで来るのではないかと思います。
そして、雨が降れば、湿度も気にもなって来る...。

特別南国的な土地柄でない限りは...、まだまだ「何を着ても暑い!」と言う季節ではないと思います。


ただ、長襦袢に付きましては、もちろん、夏季の長襦袢をお召し頂くことは条件となります。
ここで麻織の長襦袢はどうか..、と言うお話もあるかと思いますが、お召しになるお着物が、織のお着物であって、礼装を匂わせるお着物でない限り、大様に捉えられても良いかと思います。

絹織物であっても、夏季を意識して織られた織物であれば...、そして、麻織の長襦袢などの暑さ対応が施されているのでならば、この季節..、または盛夏を迎えるまでの間は、お楽しみを頂けるかと思います。
(*肌着なんですが、これも麻素材のお品がありまして、暑さ対応としては、ご愛用をされている方も少なくないようです)


さて...、この夏久米島ですが、お単衣のお着物としてもご紹介を致しましたが、夏季のお着物としても、こうしたオフホワイトの無地織は、涼感と同時にちょっとした余所行き感を伝えてくれます。

または、街の中で歩いていると汗ばむ季節としては、涼感だけではなくて、清涼感のような"清らかな印象"をも感じさせてくれるかもしれません。

お単衣の時季の陽光と"この時季"の陽光では、ちょっとした彩色や質感の違いで"印象"にも変化があるのです。
(要するに、見え方や感じ方に変化が生まれるかも知れないと言うことです)


夏久米島紬 下井紬夏織 帯地は、下井紬の夏織。
以前、下井紬の単衣/夏織のお着物をご紹介致しましたが、こちらは帯地として織られています。

また、この帯地として織られたこの下井紬ですが、単純な平織ではなくて織の組織を組み替えた織物として織られています。
織糸も、撚りが掛かった織糸が用いられ...、織の構造と相俟って涼感を伝えるだけでなくて、織の質感、そして、織物としての趣向のようなものを伝えています。

綺麗に織られている..、涼感を伝えている..、それだけではなくて、織物としての楽しさを伝えているかのようです。

濃い灰色系の彩色そのものも、通常は夏季の帯地としては珍しい彩色かと思います。
この彩色と織の奥行きとの奇妙なコントラストを生み出し、特有の空気感...、涼感を伴った織物の趣を想わせてくれるのです。

余所行き感+涼感を感じさせる夏久米島のお着物..。
涼感と織物の楽しさを思わせる下井紬の帯地..。

pointは、織物から伝わる涼感と織物を通じた趣味的な装いとなるのではないでしょうか?

ですから、目上の方が居られる"場"には相応しくはないかもしれませんが、趣味的なものを楽しむ、鑑賞する場所には、ちょっと感じの良い"きものあわせ"となるかと思います。

*食事会や同窓会などの"集い"や"宴"。
*ギャラリーなどでの催し。
*美術館/博物館などの展覧会。
*オペラ/クラシック、歌舞伎などの舞台鑑賞。


*下井紬に使われている染料:松煙 玉葱 インディゴ 化学染料

ある花の染め描き方... || 森田麻里.型絵染め染織作品

森田麻里 型絵染め麻生地に染められた型絵染めの帯地。

染め描かれているのは、もちろん「花」...、ただ、"麻"と言う素材を考えると、この「花」は夏季を想い伝える花であって良いかもしれません。
着物としての帯地ならば、むしろ、時季を想い伝える花であるべきと言われてしまうかもしれませんね。

しかし、この「花」は...、いや作者的には時季についてはまるで考えていないようのです。

染め描かれた「花」をみてみると..、どんな花なのか特定が出来そうな形の花もあるようですが、茎や葉、または花びらには想いに任せたような彩色が施されています。

作者の「花」に対する印象そのものが染め描かれているようです。

花そのものに対して忠実である以上に、自身の花に対する印象力や想いに忠実に染め描かれているようです。

花から感じられる豊かさがテーマとなっているんですね。

今日は、どうやら梅雨の中休みのようです

紫陽花今朝、街で見掛けた紫陽花です。

艶やかな彩りが魅力的な花ですね..。

紫陽花の色は、晴天で見るよりも、ちょっと薄曇りの下で見た方が眼に馴染む様な気がします。

写真では一輪だけを掲載致しましたが、実際には様々な彩りをした紫陽花が数多く咲いていました。

自然が生み出す色や形には、どうやら、そのひとつひとつに個性があるようです。

どの紫陽花を見ても、それぞれの彩りに違いあって、その形にも少しずつ違いがあります。

紫陽花..、あらためて見てみると、不思議な形をしていますね...、人間の想像を超えた姿のようにも映ります。

今日の名古屋は、梅雨の中休みのようですが、明日から本格的な長雨になるそうです...。

新垣幸子作品/天然植物の気配...、板花織九寸名古屋帯.

新垣幸子 八重山上布 茜と板花絣新垣幸子氏の染織作品のご紹介です。

板花織が施された九寸名古屋帯。
茜.福木.楊桃(やまもも).琉球藍にて糸染めがなされています。

この帯地=苧麻織物ですが、とても甘く、柔らかな彩色と質感が伝わって来ます。

「八重山上布」と言う認識の前に、まずはこの彩色と透き通る様な質感に圧倒されるかと思います。

ただ、ピンク色の彩色印象で織り上げられたこの苧麻の織物なんですが..、しばらく眺めていて..、また、少し触れたりしていると..、この苧麻の質感と彩色の質感が相俟って、まるでこの織物そのものがひとつの植物の様な錯覚を憶えるんです。

そもそも、八重山上布は苧麻糸の織物です。

植物系の糸で織られた織物であって、その上、その植物系の糸を植物染料で染める。木綿の様な太い糸ではなくて、髪の如き細さの糸です。この苧麻織の質感と彩色の質感から、その素材である植物の面影が伝わってくるのです。

こちらでご紹介をさせて頂いている苧麻織物は「彩色」の美しさ...、八重山上布と言う織物で表現が出来る「色そのもの」をテーマとしたものかもしれません。
繊細で、綺麗な板花織が施されていますが、これは帯地としての...、八重山特有の織物としての制作者の計らいなのだと思います。

テーマは、ピンクの彩色印象を保った苧麻織物なのだと思います。

織物である以上、人為的な色である筈です。
でも、その色の質感は見れば見るほどに、人為的な気配が失せて行くのです。

感じられる..、伝わってくるのは植物の色印象とその気配なのです。
そして、自然の彩色を活かし、自然の彩色を美しく表現するあまり..、そもそもの植物の質感までをも甦らせたのかもしれません。

新垣幸子氏が手掛ける作品の奥深さを垣間見ることが出来ます。